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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)2672号 判決

原告 松本玲子

右訴訟代理人弁護士 福田晴政

被告 学校法人女子学院

右代表者理事 今村武雄

右訴訟代理人弁護士 中平健吉

同 河野敬

主文

被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五一年四月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告が被告の会計部門以外の部門で勤務する雇傭契約上の義務のないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三八年一月一六日、女子の教育を目的とする学校(以下「学院」という。)を経営する被告との間で、被告の職員として勤務する旨の雇傭契約を締結し、それ以来被告の会計事務に従事して来た。

2(一)  被告は、昭和五〇年四月二八日到達の別紙書面で原告に対し解雇の予告(以下「本件解雇予告」という。)をした。

(二) しかし、原告には被告が解雇理由として挙げた就業規則違反の事実はなく、本件解雇予告は、真実は事務職員の人件費を節約することと事務長福島正の思うままに事務部内を動かせる体制にすることとを意図したものであって、違法であり、その後同年七月九日、被告はこれを撤回せざるをえなかった。

(三) 原告の家庭は、主として原告の収入により生計を立てているものであるが、就職難の時期に三八才という高令の女性が再就職することは困難であることから、原告は、本件解雇予告を受取るや、驚きと不安から寝込んでしまう程の精神的打撃を受けた。

(四) さらに、被告は、同年五月六日、被告の教育会議において、同月七日、事務部会において、別紙の本件解雇予告の書面を読み上げ、もって多数の者の面前で、事実はそうでないのに、原告が職員としての能力を著しく欠き、かつ、免職の懲戒を受ける程の著しい就業規則違反を犯した無能で有害な職員であるかのように公言して、原告の名誉を傷つけた。

(五) 以上の被告の違法な行為により原告が受けた精神的損害を金銭に見積れば、一五〇万円に相当する。

3(一)  被告は、昭和五〇年一〇月七日、原告を会計係から庶務課設備係に配置転換した(以下「本件配置転換」という。)。

(二) しかし、原告は、昭和三二年三月村田簿記学校を卒業し、同年四月から鶴岡会計事務所に勤務していたところ、昭和三七年一一月頃、当時被告の会計主事であった原美根子が会計職員の退職者の後任に就任することを懇請したために被告に就職することになったのであって、原被告間の雇傭契約は、原告が会計事務に従事することを内容とするものである。

したがって、本件配置転換は、雇傭契約の範囲を逸脱するもので、無効である。

(三) 仮に本件配置転換が雇傭契約に違反していないとしても、被告とその職員間で配置転換は当該職員の同意を要するとの事実たる慣習が成立しており、本件配置転換は、これに違反し、無効である。

(四) 仮に右各主張が認められないとしても、原告は、昭和三三年から会計事務一筋に生きて来た者で、会計事務においてこそその能力を発揮することができる。しかるに、庶務課設備係は、力仕事を業務としており、原告には全く畑違いの仕事である。しかも、本件配置転換は、被告が本件解雇予告を行いながら、これを撤回せざるをえなかったために、庶務課設備係に配置転換すれば原告が自ら退職するであろうと考えた嫌がらせであるから、人事権の濫用として無効である。

(五) 違法な本件配置転換により原告が受けた精神的損害を金銭に見積れば、五〇万円に相当する。

4  よって、原告は、被告に対し、前記2の不法行為による損害賠償として金一五〇万円、前記3の債務不履行又は不法行為による損害賠償として金五〇万円以上合計金二〇〇万円及びこれに対する各不法行為又は債務不履行の日より後である昭和五一年四月一一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、原告が被告の会計部門以外の部門で勤務する雇傭契約上の義務のないことの確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実中、被告が昭和五〇年七月九日本件解雇予告を撤回したことは認めるが、その余の点は否認する。

原告には次のとおり解雇されるべき理由があったが、原告が以前の勤務態度を反省し謝罪したために、被告は本件解雇予告を撤回したのである。

原告の勤務態度は以前からわるかったが、昭和四九年一〇月一日福島正が被告の事務長補佐(昭和五〇年二月一五日からは事務長)に就任してからますます悪化し、同人に対し事毎に反抗的で、その指導助言に従わなかった。また、原告は、教員、事務職員、学院外の者との折合がわるく、事務処理に円滑を欠くことが多かった。その具体的事例は、以下のとおりである。

(1) 昭和四七年一二月一九日の学院の主事会において校納金の銀行振込実施の方針が正式に決定され、院長大島孝一が昭和四八年一月八日会計係に対し早急に具体化するように指示したところ、原告がこれに反対したため同年四月からの実施を見送らざるをえなくなり、同年七月一三日、同院長は、会計係に対し同年からの実施を強く指示したが、結局これも守られず、同年一一月一三日になって、理事長、公認会計士、事務職員らが一堂に会して昭和四九年四月からの実施を決めるまで原告の反対のために放置されていた。

(2) 昭和四九年一一月八日、学院全校生徒の一斉遠足が行われたが、原告は、会計規定上該当規定がないにも拘らず、上司の上田会計主事にも相談しないで、当日校内で執務していた事務、用務職員の一部の者八名に各六〇〇円合計四、八〇〇円の茶菓子代を現金支給した。

さらに、後日、大島院長が主事会の議決を経た上右支給が不適切であるとして返還を命じたところ、原告は、本多嘉郎らと語らい、院長室に赴き抗議するなどして同院長の指示にも従おうとしなかった。

(3) 同年一二月一〇日、被告理事長の要請により顧問公認会計士茂木誠陸は被告の会計の現金実査を行ったが、その際、同人は、原告に対し、原告が行っている伝票から直接試算表に移行する方法は邪道であり、伝票から元帳に転記し元帳から試算表に移行する方法で作成するように指示したが、原告は全然これに従わなかった。

(4) 昭和五〇年度の入学手続に際し、福島事務長補佐が「入学手続について」と題する文書を起案してタイプ担当者に回付したところ、原告は、何らの権限がないのに、前年度と同じ様式の文書を作成するようタイプ担当者に迫り、結局同事務長補佐起案の文書はタイプされなかった。

(5) 中学入学試験合格者の入学手続及び入学金納入の当日である昭和五〇年二月四日、学院においては事務手続の円滑と能率を図るため、福島事務長補佐が西田事務長と相談の上、提出書類を事前に点検する受付を玄関ホールに設置したところ、原告は、執拗にこれに反対した。同事務長補佐がやむをえず自ら入学金受領事務を担当することにしたところ、原告は、右事務に不可欠の領収書綴を持って席を離れてしまい、右事務を不可能にした。

(6) 同月一八日、事務長となった福島正は、原告に対し、伝票等の書類を当日の最終又は翌朝一番に上田会計主事を経由して届けるよう指示したところ、原告は、「書類をみたければ、原告のところに来ればよい。」などとうそぶき、書類を同主事に届けず、右指示に従わなかった。

(7) 被告が労働者災害補償保険に加入した際、福島事務長が原告に対し保険料を支払うよう指示したところ、原告は、「余計な出費をせずに人件費にまわしたらよい。」などと言って、支払を拒絶し、大島院長の強い命令によってようやく支払った。

(8) 被告の御殿場寮管理人から運営費送金の依頼があった際、原告は、「御殿場寮は人件費も含めると赤字になっているので送金できない。」などと暴言を吐き、管理人を激怒させ、被告の理事長が管理人に対し謝罪し慰留して事態を収拾した。

(9) 原告は、被告に出入りの印刷業者に対し、失礼で高慢な態度をとったために、印刷業者が怒り、福島事務長が右業者のもとに出向き、謝罪して事態を収拾した。

(10) 原告は、独断で超過勤務をして翌日には大幅に遅刻し、超過勤務手当を完全に受取るとともに遅刻による減給は減給規定がないのを幸いに一切行わないという処理をしており、定められた就業時間を無視して勝手気侭な勤務をしていた。

(三) 同2(三)の事実中原告が当時三八才であったことは認め、その余は不知。

(四) 同2(四)の事実中、大島院長が学院の教員に原告に対して解雇予告を発した事実を公表するのを相当と認め、昭和五〇年五月六日、教員により教育上の諸問題を討議する場である教育会議の席上、原告に対して本件解雇予告通知書記載の理由により解雇予告を発したことを説明し、また、福島事務長が同月七日定例の事務打合会の席上右通知書を読み上げてこれを発表したことは認めるが、その余の点は否認する。

(五) 同2(五)の事実は否認する。

3(一)  同3(一)の事実は認める。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

原告採用当時被告においてたまたま会計係に欠員が生じたためその欠員補充を行ったが、被告は、事務職員の欠員補充を目的としていたのであって、会計に関する特別の技能を要件としていたことはなく、原告の会計事務に関する知識の度合が重視されたわけでもない。

(三) 同3(三)の事実は否認する。

(四) 同3(四)の事実は否認する。

庶務課設備係は、校内における諸物件の営繕を担当するもので、校内各方面からの修繕依頼に対しこれを確認の上、校内用務員によって実施するのを相当とするか、外部に発注するのを相当とするかを区分けし、これを上司に報告することを主たる業務とし、何ら肉体的な力を要しない。

また、被告においては従来定期的な配置転換の慣行がなかったため、ともすれば当初割当てられた係に固定化する傾向があり、この弊害を排除するため、昭和五〇年一〇月七日付で原告を含めて四名の事務職員の配置転換を行い、以後随時配置転換を行って、事務職員を一般事務のすべてに習熟させ、職員間の協調を図ることとなったのである。

したがって、本件配置転換は、人事権の濫用ではない。

(五) 同3(五)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇予告が不法行為を構成するか否かを以下判断する。

1  学院の組織等

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

学院においては、院長がその業務を統轄し、事務職員は、院長の命を受け、学院の管理経営及び教育施設の運営に関する業務に従事し、事務職員の業務の統轄をするために事務長が置かれている。さらに、事務部門の業務を分掌するため、事務長の下に庶務主事と会計主事が置かれ、右各主事の下にそれぞれ庶務又は会計の事務を担当する事務職員が配置されている。昭和四九年四月一日現在、事務職員は、事務長、各主事、庶務及び会計の事務担当者並びに教務の係に所属する者を併せて、合計一九名であって、そのうち会計関係には、上田会計主事の下に、出納(原告)、給与・共済(本多)、校納金(飯田)、経理(上田会計主事兼務)及び備品管理(松村)の各係が置かれていた。また、右同日当時、事務長は西田であったが、同年一〇月一日、同事務長の後任候補の意味と事務長の機能を補佐する趣旨で、福島正が事務長補佐に任命され、その後昭和五〇年二月一五日、西田事務長の退任に伴い、福島が事務長に任命された。

2  本件解雇予告の理由とされた各事実の有無

(一)  校納金銀行振込の件

《証拠省略》によれば、昭和四七年春頃、学院の主事会において校納金を銀行振込の方法により受領する問題がとり上げられ、院長大島孝一は、西田事務長及び上田会計主事に検討方を指示したが、同年秋を過ぎても検討が進捗しなかったこと、その後同院長は指示を出し直し、昭和四九年度から実施されるようになったことが認められる。

右の事務段階での検討が進捗しなかった理由について、証人福島正は、昭和四七年から銀行振込を実施するよう院長から事務長、会計主事に対して指示がなされたが、原告を含む会計職員が事務長や会計主事に対し自分達でやればよいと言って反対したため実現しなかったと院長からきいている旨、証人大島孝一は、原告が銀行振込の指示に対してどうしても納得できない、どうしてもやりたいのならば事務長、会計主事が調査すればよいと述べたと事務長、会計主事から報告を受けた旨それぞれ証言するが、右各証言はいずれも伝聞によるものであるのみならず、《証拠省略》によれば、原告は、昭和四七年六月七日に出産し、同年一〇月まで一二四日間の産前産後の休暇をとったことが認められるので、同年四月に院長から事務長及び会計主事に対してなされた検討の指示の後原告の反対が主たる理由となって事務段階の検討が遅延したものとは認めがたい。

むしろ、《証拠省略》によれば、原告ら会計担当職員は、昭和四八年九月二一日、上田会計主事から同月一八日の主事会で翌四九年四月からの銀行振込実施が決定された旨知らされたが、そのときまでは、銀行振込の検討について同主事から明確な指示を受けていなかったこと、銀行振込が行われれば会計担当職員は事務が楽になるので、別段これに反対する理由もなく、原告らは、昭和四八年九月からは指示に従って検討を行い、翌四九年四月実施に至ったことが認められる。

(二)  茶菓子代支給の件

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

学院で毎年二回行われる全校生徒の遠足に際しては、職員は、参加組と残留組に分れ、残留組の者には茶菓子が支給されるのが以前からの慣例であり、昭和四八年は茶菓子の代りに現金六〇〇円が支給されていた。昭和四九年一一月の遠足当日は、残留組の者に対し茶菓子の支給がなく、会計担当職員の本多嘉郎が、用務員の一人からそのことを話題にされて、上田会計主事に茶菓子代の支給を進言したところ、同主事は、出納係の原告に前年同様六〇〇円の茶菓子代を支出するよう指示し、残留組の職員のうち西田事務長及び福島事務長補佐を除き原告を含めて八名の者に各六〇〇円合計四、八〇〇円が支給された。その二、三日後の主事会において、福島事務長補佐より右支給に疑義があると問題が提起され、院長の決裁により支給しないことに決められ、六〇〇円を受領した者は、これを返還することとなったが、同主事は、自分の責任で支出したことを理由に自己の負担で四、八〇〇円を原告に交付して返戻手続を済ませ、原告らは、各六〇〇円の返還をしなかった。その後、同主事並びに会計担当職員の本多、飯田及び原告が揃って理事長室に行き、渡辺理事長及び大島院長に対し六〇〇円の支給金を正当な支出として認めてほしいと交渉したが、受入れられなかった。

以上のとおり認められる。

証人福島正の証言中には、事務長補佐であった同人は、右遠足当日事務室にいたが、本多から上田会計主事に対する茶菓子代支給の進言を聞知していないとの部分があるが、右認定に影響を及ぼしうるものではない。

また、証人大島孝一の証言中には、原告が上田会計主事に対して従来の慣行どおり支給すべきであると言って来たので、同主事は支給することに決め、支給後その追認をした旨、並びに、院長の返還命令に対し原告がこれを不服として苦情を討えつづけるので、同主事はたまりかねて自らのポケット・マネーで六〇〇円を渡して原告を納得させた旨それぞれ同主事から報告を受けたとの部分があるが、同主事が支給することに決め、そして支給後にその追認をしたとの点はそれ自体矛盾した内容であるし、同証人の証言中の院長が返還を決定した主事会が終った後同主事が怒り出したとの部分に照らしても、前記同主事の報告内容の部分は信用することができない。

その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。

前記認定事実によれば、この件に関し、原告に非を問うべき点は見出しがたい。

(三)  公認会計士の勧告の件

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

昭和四九年一二月一〇日、被告の依頼した公認会計士が会計検査に来たが、その際同人は、試算表について、従来のように伝票から直接作成するのではなく、伝票からまず元帳を作成した上、元帳から試算表を作成する方法をとるよう指示した。会計担当者の事務分掌では、元帳及び試算表の作成事務は上田会計主事の兼務する経理係の担当となっていたが、現実には同人がこれを作成することができないため、本多が元帳を、原告が試算表をそれぞれ作成していた。右の指示があった後、原告は、元帳の記帳が完全にできているときは、これから試算表を作成し、元帳の記帳が完全になされずしかも試算表を早急に作成しなければならないときは、以前のとおり伝票から直接試算表を作成する方法によっていた。なお、右公認会計士の言によれば、期間の迫っているときには、伝票から直接試算表を作成する方法をとる場合もあるとのことであった。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、この件についても原告の非を問うことは相当でないと考えられる。

(四)  入学手続文書タイプの件

成立に争いのない乙第一三号証、証人福島正の証言により真正に成立したものと認められる同第一四号証及び同証人の証言によれば、福島事務長補佐は、昭和五〇年二月頃、学院への入学手続を父兄に知らせる文書を起案し、これをタイピストの鈴木に交付したが、現実に出来上った文書は、右起案文書とは異なったものであったことが認められる。

しかし、同証人は、鈴木から、同人がタイプ中に別の原稿が原告、上田ラインから提出されたときいた旨証言するが、同証人の証言中には、鈴木がはっきりと原告の名を出したかどうかは記憶にないとの部分もあり、被告主張のように原告が福島事務長補佐の原稿がタイプされることを妨害した事実を認めるには足りず、他に右主張を認めるべき証拠はない。

(五)  入学手続当日の件

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

昭和五〇年度の学院の入学手続は、二月四日に行われたが、当日は西田事務長が予め作成した分担表により学院事務室の窓口に原告ら五名の職員が配置され、そこに設置された一つの受付では原告ら四名の者が入学金を受領し、もう一つの受付では一名の者が戸籍謄本等必要書類を受取っていた。福島事務長補佐は、右当日になって、西田事務長の了承を得て、玄関ホールに別の受付を設置し、ここに当日電話当番をする役割になっていた職員を配置して父兄の提出書類の事前点検をすることとしたが、このことは事務室の窓口にいる原告らには連絡されていなかった。玄関ホールの受付設置に伴い、来校した父兄の間に混乱が生じ、事務室の窓口にいる職員に対して詰問する者も生じたため、原告らは、上田会計主事を通して、西田事務長に対し玄関ホール受付の撤去を要請した。福島事務長補佐は、右の動きを知って、原告に対し、入学金は自分が受領するから会計係の席に戻るように言ったところ、事務室の窓口にいた原告、本多及び飯田は、同事務長補佐がその時興奮状態にあり、しかも前記分担表上入学金受領のメンバーではないとして同事務長補佐の要求に応じず、既に受領した入学金と関係書類を持って窓口を離れ会計係の席に戻ったため、入学金受領事務を行うことが不可能となった。その後しばらくして、西田事務長が玄関ホール受付を撤去したため、原告らは事務室の窓口に戻り、入学金受領事務が再開された。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、原告が上司である福島事務長補佐の指示に従わなかったものと一応いうことができるが、その原因となった玄関ホール受付は、以前から定まっていた分担表と異なるものなのであるから、同事務長補佐がこのことを事務室窓口の者に知らせておかなかったことは、事務処理の方法として妥当を欠くものといわざるをえず、しかも同事務長補佐の自ら入学金を受領するとの発言も事態を処理するためのものとしては不可解であって、適切なものとは考えられない。したがって、原告の右指示違背の度合は極めて軽微なものということができる。

(六)  会計書類供閲の件

《証拠省略》によれば、福島は、昭和五〇年二月一五日、事務長に任命され、同月一七日、同事務長と上田会計主事、原告及び本多との間で会計事務打合せが行われたが、その際、当日の伝票及び証憑書類をその日のうちに原告から同主事へ、同主事から同事務長へ順次供閲する旨定められ、原告は、その後、同主事との間での供閲方法に関する申合せに従い、右伝票類を原告席の横の机の上に置いて同主事に供閲していたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、原告は供閲に関する責を果していたことになり、同事務長が右伝票類を閲覧していなかったとしても、原告にその責任を問うことはできないこととなる。

(七)  労働者災害補償保険料支払拒絶の件

《証拠省略》によれば、被告が右保険に加入したのは昭和四九年六月一日であり、同月三〇日付の保険料納付書を西田事務長が机の中にしまい込んでいたために支払が遅れ、同年九月に至ってようやく支払がなされたことが認められ、《証拠省略》中には被告の主張に副う部分もあるが、いずれも直接聞知したものではなく、当時の西田事務長から大島院長がきいた話に由来する証言であって、これをもって右主張を認めるべき的確な証拠とすることはできない。

(八)  御殿場寮送金の件

《証拠省略》によれば、御殿場寮への送金は上田会計主事の担当であって、同主事が関係書類一切を所持していたものであり、原告は、昭和四九年、当時の渡辺理事長の指示を受けて、同寮の管理人山下に対し、中間決算に必要な書類の持参方を電話で督促したことがあるだけで、送金について反対したことはなかったことが認められる。

《証拠省略》中には被告の主張に副う部分もあるが、いずれも山下管理人から大島院長がきいた話に由来する証言であり、前記認定の中間決算に必要な書類の督促の問題と何らかの混同を生じているのではないかと思われるので、右各証言も右主張を認めるべき証拠とはならない。

(九)  印刷業者との紛争の件

《証拠省略》によれば、被告と取引していた印刷業者である東京都私立学校生活協同組合の経営者の妻が学院の会計の窓口に印刷代金の支払を請求して来たとき、原告は、請求書と納品書がないため直ちには支払えないが、調べた上で連絡すると同女に述べたところ、同女が怒って帰ってしまったこと、出納係では右各書類が揃っている場合に始めて支払ができることになっており、後に原告が調べると、請求書と納品書を受入れた教務係でそれを紛失していたため、右各書類が会計係にまわって来ていなかった事実が判明したこと、右協同組合がその後右事件を理由に取引をやめたいと申し出たため、当時の事務長が同組合に出向いて事態を解決したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告がその場での支払を拒絶したのはもっともであり、その拒絶の仕方にも別段非難すべき点は認められず、右事件について原告に責任を負わせることは相当でないと考えられる。

(一〇)  原告の勤怠状況

《証拠省略》によれば、原告の勤怠状況は本件解雇予告の理由にはなっていないことが認められるので、この点についての被告の主張は理由がない。

(一一)  その他原告の一般的な勤務態度及び他の職員等との折合について

《証拠省略》によれば、原告は、本件解雇予告を受けた後の昭和五〇年四月三〇日、被告に対し、これまで仕事に対する一途な気持から組織の中の一員としてその秩序を乱していた点のあったこと、知らず知らずに自分の考えを強く主張したり被告に迷惑をかけたことを認めて詫びると共に今後その欠点を改めて行く決意であるとの趣旨の書面を提出したことが認められる。この点につき、原告は、採用時の会計主事であった原美根子教諭から解雇を撤回してもらうために右のような書面を書くことを勧められ、解雇された場合の経済的な問題等を考えて、同人から示された原稿どおりの文書で右書面を作成したに過ぎず、文書の内容は自分の気持に反するものであり、自分の方には非はない旨供述する(第一回)が、およそ職場における人間関係でどちらか一方のみが全面的に非があるという場合は稀であって、本件においても、被告が本件解雇予告を発するに至った経緯には、原告の生硬な態度が一因をなしていたのではないかと推察され、その意味で右文書の内容が全く事実に反するものと考えることは相当ではない。しかし、他方、《証拠省略》によれば、大島院長は、昭和四九年秋頃、主として原告のために事務職の統制がとれていないと認識していたことが認められるが、その具体的根拠は、結局前記校納金銀行振込の件、労働者災害補償保険料支払拒絶の件、御殿場寮送金の件等を指すものと解されるところ、これらについて原告に責任があるものと認めがたいことは前記のとおりである。したがって、前記のような意味で原告にも反省すべき点はあったとしても、本件解雇予告前、取立てて原告の勤務態度がわるかったことあるいは他の職員や学院外の者との折合がわるかったことを認めることは困難である。

3  本件解雇予告は、原告が就業規則第三条、第五条第四号、第二四条第一号及び第三号に該当することを理由とするものであるところ、《証拠省略》によれば、関連規定の内容は、次のとおりである。

(職務の遂行)

第三条 職員及び用務員は、この規程を守り院長の指示に従って、誠実にその職務を遂行しなければならない。

第五条 職員及び用務員は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一ないし三(略)

四  学院の秩序又は職場規律を乱すこと

(解雇事由)

第二四条 職員及び用務員が、次の各号の一に該当するときは、解雇することができる。

一  職員又は用務員としての能力を著しく欠くとき

二  (略)

三  第三一条に規定する免職の懲戒を受ける事由があるとき

(懲戒)

第三一条 この規程に違反した職員及び用務員に対しては、理事会は免職の懲戒を行うことがある。

以上のとおり認められる。

しかるところ、前記2で認定したように、本件解雇予告の理由とされた事実は、いずれも就業規則の右各規定に該当しないか、又は原告に極めて軽微な責任しか負わせることができない場合(前記2(五))であり、他に原告を解雇すべき相当の理由も見当らないから、本件解雇予告は権利の濫用として違法であり、被告にはこのような理由で解雇予告をしてはならないのにこれを発したことにつき過失があるものということができ、《証拠省略》によれば、これにより原告は精神的損害を受けたことが認められる。

三  大島院長が昭和五〇年五月六日教員により教育上の諸問題を討議する場である教育会議の席上本件解雇予告通知書記載の理由により原告に対し解雇予告を発したことを説明し、さらに福島事務長が同月七日定例の事務打合会《証拠省略》によれば、二〇人位の事務職員の出席する会議であることが認められる。)の席上右通知書を読み上げてこれを発表したことは当事者間に争いがなく、右の説明ないし発表行為が被告の意を受けて行われたことは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

右事実に、前記二のとおり本件解雇予告の理由とされた事実がいずれも就業規則の前記各規定に該当しないか、又は原告に極めて軽微な責任しか負わせることができず、本件解雇予告が権利の濫用として違法であることを併せ考えると、右説明ないし発表は、事実はそうでないのに、原告が誠実にその職務を遂行せず、学院の秩序又は職場規律を乱し、職員としての能力を著しく欠き、懲戒免職を受けるべき事由があったとの印象を多数の被告の職員に与えたものということができ、被告は、過失により違法に原告の名誉を傷つけたものというべきである。

四  《証拠省略》によれば、原告が昭和五〇年四月三〇日前記二2(二)で判示した書面を提出したのに対し、被告が同年七月九日付書面で、(一)当時の管理体制に種々不備な点があったことを認める、(二)原告の反省と今後への決意を評価する、(三)解雇予告通知は妥当性を欠く点があったことを認める、特にその内容に原告の職員としての能力について原告の名誉を傷つけかねない誤解を招いたことは遺憾であったとして本件解雇予告を撤回したこと、本件訴訟の提起は、その後同年一〇月七日付の配置転換により原被告間に争いが再燃したことが契機になっていることが認められる。したがって、前記二及び三で判示した原告の精神的損害は、一旦かなりの程度填補されたと解すべきものであり、前記二及び三で認定した事実その他本件にあらわれた一切の事情を考慮し、被告のなすべき損害賠償の額は二〇万円をもって相当と認める。

五  次に、本件配置転換の効力及びこれが債務不履行ないし不法行為を構成するか否かについて判断する。

1  本件配置転換がなされたことは当事者間に争いがない。

2  使用者は、雇傭契約において定められた業務の範囲内である限り労働者に対し労務指揮権に基づき従前の業務とは異なる業務を命ずることができるものと解されるので、まず、原被告間の当初の雇傭契約において合意された業務の範囲について以下検討する。

原告は、当初の雇傭契約は会計事務に従事することを内容とするものであったと主張し、《証拠省略》によれば、原告は、昭和三三年四月村田簿記学校に入学し、同年九月同校を卒業し、同年一〇月から鶴岡税務会計事務所に勤務していた者であるところ、昭和三七年末頃被告の会計担当職員で出産のため退職する予定の人が出たため、当時の会計主事原美根子がかねて知合いの原告の姉に就職を勧誘したが、同人が簿記ができないので代りに原告を紹介し、原告が右会計事務所を退職して就職することになったこと、その際原は原告に対し会計事務を担当する職員として来てほしいと述べたことが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、当時の欠員補充に際し、被告は、会計事務の経歴を有することや特別の会計技能を有することを条件とはせず、原告の採用面接の機会にも会計技能等に関する事項はあまり重視されていなかったことが認められ、さらに、《証拠省略》によれば、学院の事務部門は、前記二1で判示したような組織で総員二〇名程度の小規模なものであること、就業規則上教員以外の職員は事務職員、事務嘱託及び用務員に分れているのみでそれ以上の細分化はされず、事務職員は学院の経営、管理、教育施設の運営、財務及び庶務に関することを取扱うものとされていること、原告は「専任事務職員」の肩書で採用され、昭和四〇年四月三日以降は「事務職員」の肩書で会計の職務を命じられていたことが認められる。以上の諸事実に照らせば、被告の事務分掌自体がそれ程精緻に構成されたものとは考えられず、原告は、昭和三八年一月当時たまたま被告の会計担当職員の欠員補充として採用されたため一定の簿記会計上の知識は必要とされていたが、将来会計に専務する職員として採用されたものではなく、学院の事務部門の事務全般に従事することを雇傭契約の内容としていたものと解するのが相当である。

したがって、本件配置転換は、原被告間の雇傭契約で定められた業務の範囲を逸脱するものではない。

3  原告は、被告とその職員との間で配置転換には当該職員の同意を要するとの事実たる慣習が成立していたと主張、甲第二号証(女子学院教職員労働組合編「女子学院労働協約、就業規則、他」)中には「校務分掌、希望合議制」との記載があるが、《証拠省略》によれば、被告と労働組合との間では、配置転換は希望、合意の上で行うとの労働協約は結ばれていないし、少なくとも事務職員についてはそのような慣行もないことが認められるので、右主張は採用できない。

4  原告は、本件配置転換が人事権の濫用である旨主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、学院においては従来配置転換があまり行われていなかったが、福島事務長就任以来、学院の規模が小さいのでどの職員も各係の仕事ができるようにさせることと職員が同一の係に長く留まって職員間の融和が欠けていたので担当事務を変更することによりお互いの協調性を抽き出すこととを企図し、併せて心機一転をも図るため、昭和五〇年一〇月配置転換を行うことを計画し、とりあえず、文書担当の内藤と教務担当の磯部を、会計担当の原告と設備担当の瀬在をそれぞれ入替える配置転換をしたこと、設備係の事務は、学校の設備品等で不備な個所があればその報告を受け、不備な個所を確認し、業者によって処理すべきものは事務長の判断を得て外注し、学院内で処理できるものは不備の内容に応じて各担当者に手配し、作業の完了状況の確認をした上、不備な個所の報告をして来た者に完了の通知をし、所要の帳簿上の処理をするものであり、いわゆる力仕事ではないことが認められる。

右事実によれば、本件配置転換が原告に自発的退職を余儀なくさせるためになされたものということはできず、他に本件配置転換が右のような目的の下になされたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件配置転換は人事権の濫用ということはできず、この点についての原告の主張も採用できない。

5  以上の理由により、本件配置転換が違法であることを前提とする原告の各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

六  以上の次第で、原告の請求は、被告に対し金二〇万円及びこれに対する不法行為の日より後である昭和五一年四月一一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから右の限度でこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桜井文夫 裁判官 福井厚士 仲宗根一郎)

〈以下省略〉

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